牛乳石鹸のCMを炎上させているのはどうせガキ

 牛乳石鹸のwebムービー「与えるもの」(https://www.youtube.com/watch?v=CkYHlvzW3IM)が炎上していることに違和感を覚えました。短いムービーですが、流れを箇条書きした後で、自分なりの解釈と批判への意見を書きます。

 

・シーン1:サラリーマン男性がゴミ出しを終えて会社に向かう中で、出かける前に妻からケーキを買ってくるように頼まれたことと、その日のカレンダーに子供の誕生日と記されていたこと振り返る。

・シーン2:主人公の男性は会社で、後輩と思われる人物が失敗をたしなめられるのを目撃

・シーン3:主人公が自身の父との思い出を回想し、「あの頃の自分とは懸け離れた自分がいる。家族思いの優しいパパ、時代なのかもしれない、でもそれって正しいのか」というセリフとともに、子供のためのプレゼントとケーキを購入する。
 しかし、その後失敗をした後輩を居酒屋連れだして励ます。その途中で、家族からと思われる電話が鳴るも、仕事仲間を優先して電話には出ない。

シーン4:帰宅後に、飲んできたことを妻に咎められる。妻の主張をすべて聞くことも、反論もせずに風呂へ向かう。

シーン5:風呂に入りながら、自分の父親を思い出しながら、父としての自分を振り返る。

シーン6:風呂から上がるとすぐに「さっきはごめん」と謝り、誕生会の席に着く。

シーン7:翌朝、またゴミ出しをしてから通勤する風景。

 

 シーン1の描写で、ゴミ出しなどの家事をある程度分担する現代的なお父さんの物語であることが示されます。そしてこの主人公が度々、自分を育てた父の姿をノスタルジック(色あせたような色彩で)に思い出すのですが、その思い出とは、自分の父に大事にされていたという思い出ではなく、その父が「家のことは念頭になく、仕事ばかりの人」として思い出されます。
 つまり二世代くらい古い「猛烈社員」とも言われるような、お仕事至上主義のお父さんの元で育ったことが示されます。そして、「あの頃の自分とはかけ離れた自分がいる。家族思いの優しいパパ、時代なのかもしれない、でもそれって正しいのか」と言うセリフから、自分が後姿を見て育った父とは違う、現代の価値観で期待される「子供思いの良いお父さん」としてプレゼントを購入することへの葛藤があることが示されます。
 そして、そこからが問題視されるシーンで、この主人公は家庭よりも仕事の仲間を優先して飲みに行くのです。かつての自分の父親の価値観に則った行動をとるのです。今の価値観では当然避難されるべき行為かもしれません。作中でも妻に叱られています。しかし結局は、風呂で再び自分の父としてのあり方を反省して、再び現代の父親に求められる「子供思いの良いお父さん」を演じていくわけです。
 つまり、自分が育った古い価値観に愛着を感じつつも、今の価値観に沿って変わっていこうとする人と、その過程での葛藤が描かれているわけですが、このような古い価値観と新しい価値観との間で葛藤を抱きつつも変わっていくという物語が果たして批判されるような間違ったものなのだろうか、と僕は思うわけです。
 アイデンティティという概念の親である心理学者のエリクソンは、人にはライフステージごとに超えるべき発達課題があり、それへの向き合い方がアイデンティティの危機につながると考え、臨床の経験からライフステージごとの課題を記しました。これは、今でもどの心理学の教科書にも必ず載っていて、いわゆる子育て世代には「前の世代から受け継いだもの(権威主義)と次の世代のためのこと(ケア)」という葛藤が課題となって、自己否定や育児の拒否を引き起こしうるとされています。
 つまり、父親というライフステージでは古い価値観と新しい価値観との間で葛藤が引き起こされるというのがエリクソンの知見なのですが、似たような新しい価値観と古い価値観との間で葛藤を抱く主人公を描いたイーストウッドの「グラントリノ」などがあるように、ある世代となった人には普遍的な葛藤なのではないでしょうか。
 猛烈社員の父の後姿を見て育った主人公は、休日でもないのに誕生会を祝うことを優先しなければならない今の価値観に違和感を抱いて、飲みに行くという小さな反抗をしながら、風呂では自分が息子に何を与えられるのかと自問し、今の価値観から与えられる父親を演じるのです。このような過程で生じる葛藤があること自体は批判すべきではないでしょう。今の我々の価値観だけで捉える態度はあまり良いと思いません。今の価値観も古くなってしますのです。誰もがいつかは何らかの葛藤を抱くでしょう。
 変わりゆく時代と価値観の中で、少しずつ変化を迫られるのは人の普遍的な課題であり、事実だと思います。そして何よりも、このムービーを出した牛乳石鹸のサイトで「変わるものと変わらないもの」(http://www.cow-soap.co.jp/event/cowsoap-history/history12/)と題した記事で、創業100年を超える企業として今向き合っている課題とその答えとして「変わらない理念と変わり続ける時代のニーズ」と打ち出していることからも、このムービーのメッセージが、普遍的なアイデンティティへの問いであると言えるでしょう。

 

 問題があるとすれば、映像での主人公は若すぎること。実際のあのくらいの世代の人の多くは、あまり現代の会社からお世話されてないので、家族至上主義でしょうね。ノスタルジックになれるのは、割と会社でも老害あつかいされる世代でしょう